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コラム

TPP問題を考える市民シンポジウムについて(弁護士 久保山 博充)
 1年前も似たようなこと書いてますけど,私は,宮崎県弁護士会の憲法委員会委員長を務めておりまして,今年の憲法委員会では「TPP問題を考える市民シンポジウム」を企画し,無事,8月24日に宮日ホールで実施できました。非常に好評を博したので,今回は,その中身をお話ししたいと思います。

 そもそも,TPP(環太平洋連携協定)とは何かですけど,締結国間の貿易自由化を目指す貿易協定の一種です。従来の貿易協定が関税の問題を中心に規定されてきたことと比べて,各国の様々な国内規制等いわゆる「非関税障壁」をも緩和撤廃することを目指しており,これまでの協定よりも一層,自由貿易主義を徹底したものといえます。
 このTPPの問題については,農業関係へのダメージは大きそうだが輸出業ではメリットもあるだろう,といったイメージを持っている方が多いんじゃないでしょうか。
 果たしてそんな単純に言えるものなのか,ここらで一つきちんと考えてみようという趣旨のこのシンポジウム,当日のスケジュールは,まずはじめに宮崎県弁護士会所属の若手弁護士による寸劇,その後に,東京大学大学院教授鈴木宣弘先生による基調講演,さらに続いてJA・医師会・グリーンコープといった県内の各団体からも参加いただいてのパネルディスカッションと,非常に盛りだくさんでした。
 ここでは,鈴木先生が基調講演で話された内容を少し抜粋してお伝えします。

 食料・農業,医療,雇用もすべてそうだが,規制緩和し,対等な競争条件を実現すれば,みんなにチャンスが増えて社会全体の発展につながると主張されている。しかし,それは見せかけで,実は,国民の命や健康,豊かな国民生活を守るために頑張っている人々や,助け合い支え合うルールや組織を,「既得権益を守っている」と攻撃して,それを壊して自らの利益のために市場を奪おう,あるいは,人々をもっと自由に「収奪」して儲けしようとしている「1%」(富の集中する人々に対するスティグリッツ教授の象徴的な呼称)の誘導に過ぎない。
 (TPP妥結に向けて)現政権の得意とする巧妙・卑劣な「合わせ技」の手口が使われようとしている。「医師会はTPP反対をトーンダウンしたから混合診療の解禁はあの程度で収めた。農業組織はまだ抵抗しているから解体だ。されたくないなら反対をやめろ」との指摘が,それを物語っている。ここで,JAなどの農業関係組織が目先の組織防衛に走れば,思うつぼにはまり,墓穴を掘る。農業が崩壊して,地域が崩壊して,組織だけが生き残れるわけがない。「組織が組織のために働いたら組織は潰れる。拠って立つ人々のために働いてこそ組織も存続できる」ことを忘れてはならない。
 TPPやそれと表裏一体の規制改革,農業・農協改革を推進している「今だけ,金だけ,自分だけ」しか見えない人々は狙っている。農協組織は農産物の「共販」,生産資材の共同購入,JAバンク,JA共済,医療,葬祭事業まで,地域の信頼を得て,地域生活全体を支える様々な事業を展開しているが,これを崩すことで農村での様々なビジネスチャンスを広げようとしている。JAバンク,JA共済の「JAマネー」の強奪は日米金融・保険業界の「喉から手が出るほど」ほしい分野で,これを実質的に切り離されたら,代理店の手数料だけでは,営農指導などの非営利(本来的に赤字になる)部門を持つ個々のJAは存立不能である。
 日米の関税交渉で日本の農産物が譲らないから決まらないという指摘が内外から出ている。「日本が農産物で降りさえすればTPPは妥結する」と吹聴し,日本の農産物交渉を追い込んで,譲歩させようとする露骨な意図が見える。これは間違いだし,危険だ。TPP交渉が,なぜここまでもつれているのか。なぜ各国がそれほどにまで反発しているのかを考えてみれば,すぐわかる。マレーシアが,特許を強化して安い薬の製造をさせないことに反発するが,これはマレーシアだけの問題ではない。また,ベトナムなどの国有企業に対しての要求について,「米国の条文案は,要するに米国企業が海外市場で一切の不便益を受けない,一切の差別を受けないということを目的に作られている。」との指摘もある。「米国企業に対する一切の不利益と差別を排除する」ことを至上命題として各国の制度の廃止や改変を迫り,従わないとISDS(投資家対国家紛争処理)条項で損害賠償させるという「脅迫」は,ベトナムの国有企業にとどまらず,米国も含め,各国国民の安全・安心な生活を脅かす重大な事態である。だから,オーストラリアもISDSに反発している。理不尽な要求を一方的に押しつけ,まったく妥協の余地を示さない米国の姿勢には,各国とも,とても応じられないということだ。しかも,他国には,米国製品に対する一切の差別を許さないと言いつつ,国内では,公共事業に米国資材の使用を義務付ける「バイアメリカン条項」を死守する姿勢である。
 日本の交渉部隊は,「国会決議を忠実に守り,よく頑張っているではないか」とも言われるが,これも間違いだ。すでに,国会決議は破綻している。「聖域」は,「834→586→(最悪5まで)→5品目の関税削減」という流れで破綻した。国会決議には重要5品目を守ると書いてあるが,586品目を守るとは書いていない。ここが,ごまかしの一つのポイントになった。次に,国会決議のもう一つのごまかしポイントは,「除外」は,関税撤廃の除外であって関税削減や一定数量内の無税枠の設定は否定していないという姑息な理屈だ。しかも,問題なのは取引材料が残っていないのである。自民党が決議した「TPP交渉で守るべき国益」は,関税の「聖域」のほかに5項目あったが,そのすべてが,もう破綻している。

 鈴木先生のお話は,なかなかに過激でしたが,TPP問題の本質を貫いた指摘だったと思います。詳しく知りたい方は先生の著書を入手していただければと。
 弁護士の立場から私が危惧しているのは,鈴木先生のお話にも出てきたISDS条項(投資家対国家紛争処理条項)です。これは,投資家が相手国の国内規制によって参入が制限され,得られるはずの利益が得られないと感じた場合に,国際紛争処理機関に対して,相手国を訴えることができる制度です。
 これによって,国家が,投資家から訴えられることを恐れて,国民の生命健康を守るために必要なはずの規制を緩和撤廃することを余儀なくされるような事態となれば,それはすなわち,国家主権そのものが脅かされるということに他なりません。
 いずれにしても,このTPP,いろいろと根深い問題を抱えています。内閣官房のTPP政府対策本部HPには,いろいろな資料が掲載され詳細な説明がされているのですが,よくよく読んでみると,結局のところ政府がTPPを大丈夫と言っていることについて根拠が乏しいことがわかると思います。
 今後とも,この問題については注目していきたいと思います。

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